翌日の夜。
恵は昨夜のノートを広げながら、ふと不安を口にした。
「誠さん、昨日は『自分で考える力』が大事だって話したけど……。
自由な園って、裏を返せば『何も教えてくれない』ってことにならないかしら?
小学校に上がったとき、椅子に座っていられない子になったら困るわ」
誠はコーヒーを啜り、静かに頷いた。
「鋭い視点だね。それは多くの親が陥る【自由の恐怖】だよ」
「自由の恐怖……?」
「そう。僕たちが求めているのは、ただ好き勝手させる『放任』なのか。
それとも、自らの意志でルールを理解し、行動を選択する『自律』なのか。
この違いを明確にしておかないと、園選びで必ず迷うことになる」
誠はペンを取り、ノートに二つの対照的な図を描いた。
「【例え話】をしよう。
広い野原に、ポツンと一軒の家があるとしよう。
そこには柵(さく)が全くない。子供はどこへでも行ける。これが『放任』だ。
一見自由に見えるけど、子供はどこまでが安全で、どこからが危険か分からず、実は常に不安を感じているんだ」
「放り出されている感じね……」
「一方で、広い野原に適度な『柵』があり、その中では何をしてもいい。
これが、僕たちの目指す『環境による教育』だ。
柵、つまり【社会的なルール】や【安全の境界線】が示されているからこそ、子供はその中で安心して、最大限の試行錯誤ができるんだよ」
恵は自分の指を組み替えながら、真剣に考え込んだ。
「じゃあ、私が怖がっているのは『柵がないこと』なのね。
でも、厳しすぎる園だと、今度は『柵が狭すぎて身動きが取れない』ことにならない?」
「その通り。だから見学のときには、先生が子供にどう接しているかを見極める必要がある。
子供がトラブルを起こしたとき、すぐに先生が介入して『謝りなさい』と強制するのか(狭い柵)。
それとも、子供たちが自分たちで解決するまで、じっと信じて見守るのか(広い柵)。
僕たちが葵に授けたいのは、『言われたから守る規律』ではなく、『必要だから自分で選ぶ規律』だよね?」
恵は、少しずつ自分の中の「理想のバランス」が見えてくるのを感じた。
「……分かったわ。自由な教育を謳(うた)っている園でも、
その裏に『どんな意図を持った柵』があるのか。
そこをちゃんと見極めなきゃいけないのね」
「その通り。そしてもう一つ。
『自律』を選ぶなら、僕たち親も【待つ覚悟】が必要になるんだよ」
誠の言葉が、恵の心に静かに、でも重く響いた。
