平日の午前中。誠と恵は、葵を一時預かり所に預け、市役所の「子ども家庭課」を訪れていた。
窓口には、分厚い冊子を手にした親たちが不安そうな表情で順番を待っている。
「なんだか、銀行の融資審査にでも来たみたいな緊張感ね……」
恵が小声で呟いた。
「あながち間違っていないよ。保育園の入園選考は、行政による【優先順位の格付け】だからね」
誠は掲示板の資料をスマホで撮影しながら答えた。
ようやく順番が回り、担当の職員が淡々と「利用調整」の仕組みを説明し始める。
渡されたのは、細かな項目が並んだ【指数表】だ。
「ええと、共働きでフルタイムなら各20点で、合計40点……。あ、兄弟がすでに通っていれば加点があるのね。うちは一人っ子だから関係ないけど」
恵が指で項目をなぞる。
「恵、そこじゃない。下の『調整指数』と『優先順位』を見てごらん」
誠が指摘した箇所を見て、恵の顔から血の気が引いた。
「……同点の場合は、市外からの転入かどうか、年収、居住年数などで決まる?
誠さん、これって、私たちがどれだけ園の理念に共感しているかは、1ミリも関係ないってこと?」
誠は静かに頷いた。
「【例え話】をしよう。
これは、災害時の『トリアージ(治療優先度の選別)』と同じなんだ。
行政の仕事は、素晴らしい教育を授けることじゃない。
『今、一番困っている(預けないと生活が破綻する)家庭』を救い出すこと。
だから、僕たちの熱意や葵の個性は、この書類の上では【ノイズ】として切り捨てられる」
「ノイズ……」
恵は、昨日まで一生懸命考えていた「教育観」が、役所のカウンターで無力に響くのを感じた。
「でも、諦めるのは早いよ。
この指数表は、僕たちが保育園というゲームを戦うための『自分の手札』を知るためのものだ。
手札が40点しかないなら、42点の家庭が狙う人気園に申し込んでも、100%落選する」
誠は職員に、周辺の園の昨年度の「最低合格ライン」を尋ねた。
「ほら、ひまわり園は42点。うちは40点。つまり、今のままでは最初から勝負になっていないんだ」
「じゃあ、どうすればいいの? 40点で入れる園を探すしかないの?」
「選択肢は三つだ。
一つは、激戦区を避けて、少し離れた枠に空きがある園を探すこと。
二つ目は、認可外保育園などに一時的に預けて『受託実績』を作り、加点を狙うこと。
そして三つ目。僕たちが昨日話し合った『理想の教育』を、市役所の割り振り(保育園)だけに委ねず、自分たちで勝ち取れる『幼稚園』の枠でも追求することだ」
恵は、手元の指数表をぎゅっと握りしめた。
