「こちらが、保護者の方に毎日お持ちいただく連絡帳です」
先生が手渡してくれたのは、手のひらサイズの可愛らしいノートだった。
中には、食事の量、睡眠時間、排便の様子、そして「家庭での様子」を書き込む広いフリースペースがある。
誠は、記入項目を一つずつ確認しながら、運用の詳細を尋ねた。
「毎日これだけの項目を埋めるのは、親御さんも先生も大変ではないですか?」
「ええ、少しお手間はかかりますが、手書きだからこそ伝わるお子さんの機微を大切にしたいと考えています。私たちは、このノートを親御さんと一緒に作る『成長の記録』だと思っているんですよ」
「成長の記録、ですか。確かに読み返した時に宝物になりそうですね」
その夜、恵はノートパソコンの横に、見学先でもらった資料を広げた。
「あの手書きの連絡帳、温かくて素敵だと思ったけど……正直、毎朝これだけの量を書けるか不安になっちゃった。誠さんはどう思う?」
「そうだね。最近はICT化が進んで、専用アプリで全て完結する園も増えているらしい。少し、アプリ派のメリットとデメリットも整理してみようか」
誠は画面を指さしながら、中立的な視点で分析を始めた。
「アプリの最大のメリットは【情報の即時性】と【共有のしやすさ】だ。朝の忙しい時間にスマホでポチポチ入力できるし、僕も仕事の合間に葵の様子をチェックできる。写真が送られてくる園もあるみたいだね」
「それは嬉しいわね。おじいちゃんやおばあちゃんにも見せられるし」
「一方でデメリットは、手書きに比べると【情報が定型化】されやすいことかな。選択肢を選ぶだけだと、ちょっとした変化や感情を書き残す機会が減るかもしれない。あと、数年後にパッと見返した時の『温度感』は、やはり紙のノートに軍配が上がるだろうね」
誠はホワイトボードに、二人の朝のスケジュールを書き出した。
「【例え話】をしよう。
連絡手段の選択は、『手紙』と『チャットツール』の使い分けに似ているね。
一文字ずつ想いを込めて綴る手紙(手書き連絡帳)は、深い信頼関係を築くけれど、時間はかかる。
一方で、要件をスピーディーに伝えるチャット(アプリ)は、生活の効率を上げてくれるけれど、少しビジネスライクに感じることもある」
恵は自分のスマホを見つめ、少し考え込んだ。
「連絡帳に何を求めるか、ね……。私は葵の『今』を漏らさず知りたいし、朝のバタバタも少しでも減らしたい。でも、先生との交換日記のような温かさも捨てがたいわ」
誠が優しく締めくくった。
「どちらを選んでも、葵への愛情に変わりはない。僕たちの生活スタイルが、どちらのツールを使った時に一番『先生と繋がっている安心感』を得られるか。その直感を大切にしよう」
