園の玄関を入ると、額縁に入れられた立派な「教育理念」が目に飛び込んできた。
『心身ともに健やかで、自立した子供を育てる』
恵はそれを見て、「どこの園も似たようなことを書いている気がするけど、どう違いを見極めればいいのかしら」と首を傾げた。
見学の最中、誠は壁の掲示物や先生たちの言葉の端々に注目しながら、園長先生に問いかけた。
「こちらの『自立』という理念は、具体的に日々の生活の中でどのように意識されていますか?」
「そうですね。例えばお着替えの時、私たちはすぐに手を貸さず、お子さんが自分でボタンを留めようとする時間をじっと待つようにしています。失敗してもいい、自分でやり遂げたという実感を積み重ねることを大切にしているんです」
誠は、その様子を一生懸命に見守る若手の先生の姿を見て、深く頷いた。
帰宅後、誠はリビングのソファで恵に話し始めた。
「恵、教育理念っていうのは、いわば園の【羅針盤】だね。
【例え話】をしよう。
理念は建物の『設計図』のようなものだ。どんなにかっこいい設計図(理念)があっても、実際に建っている家(日々の保育)がその通りでなければ意味がない。
今日見た園では、先生が子供を待つ姿勢に、あの『自立』という言葉がちゃんと息づいていると感じたよ」
「確かに、ただスローガンとして掲げているだけじゃなくて、先生たちの行動に現れているかどうかが大事なのね」
「そうだね。逆に『優しく、のびのびと』と書いてあっても、現場で先生がピリピリして指示ばかり飛ばしていたら、その理念は機能していないことになる。
理念そのものの立派さよりも、それが【現場の空気感と一致しているか】。そこを確認することが、園の本当の姿を知る近道なんだね」
恵はノートの「理念」の欄に、「言葉が現場で動いているかチェック」と書き加えた。
それは、葵が毎日浴びることになる「考え方」のシャワーが、自分たちの価値観と合うかどうかを確かめる作業だった。
