「ハイ、皆さん。ピアノの音に合わせて、カスタネットを叩きましょう!」
教室では、20人ほどの園児たちが先生の合図をじっと待っている。一人がフライングして叩くと、先生は優しく、でも毅然と「音をよく聞いてね」と促す。
恵は、全員が同じ方向を向いて活動するその整然とした光景に、「みんなすごい……」と感心しつつも、「個性が消えてしまわないかな?」という微かな不安も感じていた。
見学後の対話で、担任の先生がその「狙い」を詳細に説明してくれた。
「一斉保育では、『自分以外の誰かと歩調を合わせる力』を育んでいます。
例えば今の楽器遊び。自分の好きな時に叩くのは簡単ですが、周りの音を聴き、自分の出番まで【待つ】。これは高度な自制心が必要です。
一斉に活動することで、『みんなでやり遂げた!』という強い一体感を共有でき、それが集団の中での【安心感】と、ルールを守る【社会性】の土台になるんですよ」
誠は、その説明を葵の気質に照らし合わせて分析した。
「先生、つまり『個を抑え込む』のではなく、将来社会に出た時に不可欠な『他者と協調するための筋力』を鍛えている、ということですね」
「その通りです。集団の規律を学ぶことは、自分勝手に振る舞うよりも、実は集団の中で自由に動けるようになるための近道なんです」
帰り道、誠は恵にこう語った。
「【例え話】をしよう。
一斉保育は、いわば『オーケストラの練習』だ。
一人ひとりが勝手に弾いていては音楽にならない。指揮者の指示(先生の指導)を聴き、周りと音を合わせる経験を通じて、バラバラの個性が一つの大きな感動(連帯感)に変わる。
自由奔放な葵にとって、この『周りと響き合う楽しさ』を知ることは、大きな成長の種になるかもしれないね」
恵は、一斉にカスタネットを鳴らした後の子供たちの誇らしげな笑顔を思い出し、「規律」という言葉の裏にある「温かな繋がり」を理解し始めた。
