「はい、次は『す』のつく言葉を探してみましょう!」
教室を覗くと、年長クラスの子供たちが、先生の問いかけに「すいか!」「すずめ!」と元気に手を挙げていた。
壁にはひらがな表が貼られ、机の上には鉛筆と簡単なワークブックが置かれている。
恵は少し戸惑った表情で誠に耳打ちした。
「まだ就学前なのに、こんなにお勉強させるの? 詰め込み教育みたいで、ちょっと可哀想な気もするけど……」
誠は、子供たちの楽しそうな表情と、先生の教え方に注目しながら、園長先生にその狙いを尋ねた。
「こちらの『知識教育』は、具体的にどのようなゴールを目指して行われているのでしょうか?」
園長先生は穏やかに答えた。
「私たちはこれを『お勉強』ではなく、『世界を広げるためのツール』を渡す時間だと考えています。
文字が読めれば、大好きな絵本を自分で読めるようになります。数字がわかれば、時計を見て『あと何分遊べる!』と自分で見通しを持てるようになります。
小学校へのスムーズな移行(橋渡し)はもちろんですが、それ以上に『知るって楽しい!』『自分でできた!』という【知的好奇心】と【自信】の種を蒔くことが一番の目的なんですよ」
帰り道、誠は恵に自身の分析を伝えた。
「【例え話】をしよう。
知識教育は、子供に『新しい自転車』をプレゼントするようなものだ。
無理やり乗せて特訓すれば苦痛だけど、本人が『乗りたい!』と思って乗れるようになれば、行動範囲(世界)が一気に広がる。
今日見た子供たちは、まさにその新しい乗り物を楽しそうに乗りこなそうとしていたね」
恵は、文字のワークを楽しそうに見せ合っていた子供たちの姿を思い出し、考えを改めた。
「そうか。大事なのは『何歳までに何ができるか』じゃなくて、葵が『もっと知りたい!』とワクワクしながら学んでいるかどうかなのね。
もし葵が文字に興味を持ち始めたら、それを伸ばしてくれる環境は、むしろプラスになるかもしれないわ」
二人は、知識教育を「詰め込み」というフィルターではなく、「子供の世界の解像度を上げる機会」としてフラットに捉えるようになった。
