「……うーん、やっぱり迷っちゃうね」
葵を寝かしつけた後、恵は温かい紅茶を淹れながら、ポツリとこぼした。
テーブルの上には、駅近で便利な「A園」と、少し遠いけれど教育方針に惹かれた「B園」のパンフレットが並んでいる。
誠は、さっきまで使っていた比較表をそっと閉じた。
「数字で見るとA園の方が生活は楽になるけど……恵、さっきからパンフレットを触る手が、ずっとB園の方にあるよ」
恵はハッとして、自分の手元を見た。
「あ……本当だ。私、無意識にこっちを選んでたのかな」
誠は笑って、恵の隣に座った。
「【例え話】をしよう。
これは『靴選び』に似ているね。
A園は、毎日履くのにぴったりの、軽くて歩きやすい『スニーカー』だ。
B園は、少し重いけれど、どこまでも高い丘へ登っていけそうな『しっかりしたブーツ』。
毎日履くならスニーカーが楽だけど、僕たちが葵に見せてあげたいのは、その高い丘からの景色なんじゃないかな?」
恵は、B園で見かけた、泥だらけで笑う子供たちのまぶしい表情を思い出した。
「そうね……。朝の送迎が15分増えるのは確かに大変。でも、その15分を『葵と一緒に頑張る時間』だって思えば、なんだか乗り越えられる気がするわ。葵が毎日、あのキラキラした瞳で帰ってきてくれるなら」
誠も力強く頷いた。
「送迎の分、僕も朝の家事を分担するよ。条件を比べる時間はもう終わり。これからは、二人で葵の『やりたい』を全力で支える時間にしよう」
「……決まりね!」
恵の顔に、これまでの迷いが消え、晴れやかな笑顔が戻った。
二人が選んだのは、条件を超えた先にある「わが子が一番自分らしくいられる場所」だった。
