「ねぇ誠さん、いよいよ来月(2026年4月)から『こども誰でも通園制度』が全国で始まるってニュースでやってたわ。
これ、働いていないお母さんでも預けられるんでしょう? 孤立しがちな育児の救世主になりそうよね!」
恵が期待に満ちた声で話題を振った。
しかし、誠は少し難しい顔をして、手元のタブレットで詳細な要項を確認していた。
「確かに、画期的な制度だね。対象は0歳6ヶ月から2歳児。
親の就労要件なしで、月10時間まで利用できる。
『美容院に行きたい』『少し寝たい』というリフレッシュ目的でも堂々と使えるのは素晴らしい進歩だ」
「でしょう? でも、誠さんは何が気になっているの?」
誠は静かに口を開いた。
「制度を使う『親』にとってはメリットが大きい。でも、これを受け入れる『現場(保育士)』にとっては、未知のリスクとの戦いになるかもしれないと思ってね」
誠はホワイトボードに向かい、図を描き始めた。
「【例え話】をしよう。
これまでの保育園は『会員制のレストラン』だ。
シェフ(保育士)は、毎日来る常連客(園児)の好みを熟知している。『この子は卵アレルギー』『この子は硬いものが苦手』と、阿吽の呼吸で安全な料理を提供できる。
対して、新制度は『一見さん歓迎のオープンカフェ』を併設するようなものだ。
毎日違うお客さんが、入れ替わり立ち替わりやってくる。シェフは毎回ゼロから『アレルギーは?』『癖は?』と確認しなければならない。
当然、ミスが起きるリスクは跳ね上がるよね」
恵はハッとした。
「そうか……。ずっと一緒にいるから分かる『顔色の変化』も、たまに来る子だと見抜くのが難しいわね」
「その通り。特に現場の保育士が一番恐れているのが【アレルギー対応】と【人手不足】だ」
誠はさらに詳しく解説した。
「月10時間程度の利用だと、給食やおやつを提供する場合、その子が本当にアレルギーを持っていないか、家庭での試食状況を毎回確認するのは至難の業だ。
もし申告漏れがあって、アナフィラキシーショックが起きたら……現場の緊張感は計り知れないよ」
「それに、ただでさえ【保育士不足】が叫ばれている中で、慣れていない子(泣く子)をケアするのは、ベテラン保育士でも相当なパワーがいる。
『誰でも通園』を実現するためのスタッフが足りず、結局は既存のクラスの先生が疲弊してしまう……そんな本末転倒な事態も懸念されているんだ」
恵は考え込み、そして顔を上げた。
「便利な制度だからこそ、利用する私たち親側も『お客様気分』じゃダメね。
アレルギーや体調のことを今まで以上に詳しく伝えたり、先生たちの負担を想像して『ありがとうございます』って伝えたり。
そういう配慮があって初めて、この制度が本当の意味で成功するのかもしれないわ」
誠は優しく頷いた。
「その通りだね。制度は『箱』でしかない。中身を安全で温かいものにするのは、やはり人と人とのコミュニケーションなんだよ」